分からないことを大切にする

前回に引き続き、私が稽古で心掛けていることを書いていきます。

  1. 土俵を変える・質を変える
  2. 分からないことを大切にする
  3. 数を重ねる
  4. 稽古を楽しむ
  5. 道友に感謝する

今回は、2番目の「分からないことを大切にする」です。

武道をやる上で、「土俵を変える・質を変える」 発想が必要ということは既に書きました。
「土俵を変える・質を変える」 ために難しいのは、
そもそも、変えられているかどうかは「変わってみて初めて分かる」、「変わるまで分からない」ということです。

質が変わった状態は、量を増やした状態とは異なり、現在の自分が出来ることの延長線上に無いので、
言葉としてはなんとなく理解できても、実感としては、自身がある程度出来るようになるまで分からないのです。

例えば、「肚(ハラ)から力を出す」、「相手の中心を捉える」と聞いても、
そもそも自分に肚の感覚が無ければ、相手の中心を察知する感覚がなければ、何ともやりようがありません。

そこで大事になってくるのが、先生の言うことがピンとこなくても、
「分からないまま大切に置いておく」、「いつか分かるようになるまで温めておく」
ということなのです。

ここで避けたいのが、自分なりの解釈を加えてしまうことです。
「相手の中心を捉える」とする技を先生がやっているのをみて、
「手首をこうやって動かしているのだな」とか、「技をかけるタイミングがいいんだな」とか、
いまの自分が分かる範囲に引き寄せて表現してしまうと、必ずといってもいいほど本質からずれてしまいます。

大事なのは、先生が体現し、伝えようとしている「感覚」なのです。
学ぶ側として近道なのは、言葉や画面上の動画を見るだけなく、
(周囲の雰囲気を含む)実際の現場を見る、先生の技を直接受けてみる、
そして、そこから受けた感覚を拠り所にして自分で再現してみる、感覚を磨いていく、
という工程を分からなくてもいいので繰り返すことです。

現代は、何でもググれば一応の答えが見つかってしまう時代ですから、
「分からない」ことへの耐性が乏しいかもしれません。

でも、正しい稽古をちゃんと続けていれば、いつか必ず分かるようになる日が来ます。
分かった時のうれしさは何とも言えないものです。
その日が来るのを楽しみにすることができれば、いま分からないことがあるのも楽しくなるのではないでしょうか。

「分からないことを分からないまま大切に温めておく」ことが出来るかどうか、
それが上達のための非常に重要なポイントだと思います。

次回は、3番目の「数を重ねる」を予定しています。

余談
昔の武道、芸能の先生が、言葉少なでほとんど説明しなかったのは、
口下手なわけでも不親切だったわけでもなく、今回の記事が理由なのだと思います。

本質的な感覚の世界を言語化してしまった瞬間、その言葉にまつわる個々人の先入観が必ず邪魔をします。
本当の一番の近道は、言葉を介さず先生の技の雰囲気・感覚をそのまま自分に写し取ることです。
その意味では、我々含む現代の指導者は、説明が多すぎて本質的な上達を阻害してしまっている側面すらあると言えるかもしれません。

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