「見取り稽古」という言葉があるように、他人の動きを見て学ぶというのは非常に大事です。
言葉上の説明より、実際の動きの方がはるかに雄弁で、正確です。
昔の先生ほど説明をされませんが、本当のことを伝えようとすれば、言葉ではなく、動きや技で見せるしかないというのは、長くやっている方ほど、理解していただけることだと思います。
見取りの能力も確実にあります。
早期から「見て学ぶ」ことに意識が向いている人ほど、見取り能力があがり、ちょっとした動きから自分に反映できるようになっていきます。
ただ漫然と見ているだけでは、休憩時間以上のものにはするのは難しいでしょう。
では、何に着目して見るか。
基本的には、自分がいま課題としているところ、例えば足運びであれば足元を見る、ということになるはずです
課題認識があるから、見ることができ、見て学び、自分に反映して、また課題が生じる。
まず自分なりの課題認識が出発点で、それがなければ、実は見ることすらできない。
これが芸事の厳しいところです。
ただ、課題設定とはいっても、初心の方は、なかなか難しいかもしれません。
先日、初めての動きのはずなのに、何となくついてこられる初心者さんがいらっしゃいました。後でお話しを伺ってみたら、「腰が大事だと思ったので腰の動きを見ていた」とおっしゃっていました。
突きなら手、蹴りなら足を見てしまいがちですが、まず動きの中心となる部分を見に行くのは一つのやり方ですね。
最初からご自分でそれに気づかれたのはすごいと思います。
さて、もう一つ、私自身が以前から意識しているのは、「全体の雰囲気を見る」ということです。
これはちょっと説明が難しいのですが、動きが高度になればなるほど、末端の、表面に現れる動きは結果でしかなく、身体内部の働きが重要になります。
学ぶべきは結果ではなく働きなので、どこか一部に目を向ける(一部に捉われる)と、それが分かりにくくなります。
なので、むしろ全体を見るようにします。
雰囲気、イメージといったものを目に焼き付けて、それを全体として自分に写し取り、再現を試みる、といったことをします。
もちろん簡単にはできませんが、意識し続ければ、少しずつ近づいていけるはずです。
これは一見、先ほどの課題としたところを見るというのと矛盾しますが、ちょっとした一部の動きの差異から気づきが生じ、そこから全体の働きに目が向くこともあるので、使い分けですね。
ただ、振り返ってみても、鮮明に覚えているのは先生方の末端の動きより全体の印象ですし、なりたいと思えるのも、当然ながら末端の動きではなく全体の姿です。
「全体の雰囲気を見る」というのが、見取りの大事なキーだと思います。